上原ひろみ10年ぶりのソロアルバム”Spectrum”が2019年9月18日にリリースされました。それから毎日通勤車内で聴いてだいぶ体にしみ込んできましたので、レビューを書いてみたいと思います。
上原ひろみにとってのソロアルバムとは
上原ひろみは過去に”Place to be”と言うソロアルバムを出しているのですが、2003年にデビューしてからマーティン・ヴァリホラ、トニー・グレイとのトリオでアルバムを3枚、その後トリオにデビッド・ヒュージンスキーを加えたHiromi’s Sonicbloomでアルバムを2枚リリースした後の2009年にリリースしたソロアルバムです。
上原ひろみはその時々でピアニストとして自分のできることを記録したいと思い、20代の自分のピアノを記録したいとの思いでソロアルバムを作ることにしたのだそうで、ソロアルバムにはいわばマイルストーン的な意味合いがあるのです。そして将来的に節目節目でソロアルバムを出していきたいと言っていました。記憶では確か「30歳、40歳などの節目の年齢に出したい」とインタビューで答えていた気がします。そんな訳で今回は30代の自分を記録すべく、この”Spectrum”をリリースしたのです。
“Place to be”をリリースした時のインタビューで「ピアノのソロアルバムってこうなるよね」っていうアルバムにはしたくなかったと言っていました。それまで上原ひろみはバンド活動をしてきてピアノ以外にベース、ドラムといった楽器があった訳で、楽器3台でかなり変化をつけられましたが、ソロアルバムとなればピアノ1台ですのでピアノでベースやドラムを演じたり、トリッキーな奏法をするなど変化を出すようにしたそうです。そういった基本路線は今作”Spectrum”でも変わっていません。言っておきますが、BGMとして流して聴ける軽やかなアルバムではありません(笑)。ついつい集中して聴いてしまういつもの上原ひろみのアルバムです。
2作目のソロアルバム”Spectrum”
前作”Place to be”では常に世界中を音楽活動で飛び回り、その土地をイメージした曲を作り、自分の居場所をテーマにしていましたが、今回は音の持つ色彩をテーマにしています。
“Spectrum”のテーマ
今回のアルバム”Spectrum”のテーマは「色彩」です。白と黒のモノトーンのピアノから紡ぎだされる音には色彩があり、この10年で上原ひろみが出せるようになった色が増え、同じ青でも鮮やかな青だったり、少しくすんだ青や青のグラデーションなどパレットの上に色が増えたのだそうです。
上原ひろみは自身が尊敬するピアニスト「マルタ・アルゲリッチ」など優れたピアニスト程たくさんの色を持っていると過去にインタビューでも答えています。
“Spectrum”のデータ
この”Spectrum”は2019年2月20日~22日にかけて、アメリカはカリフォルニア州ニカシオ、スカイウォーカー・サウンドで録音されました。このスカイウォーカー・サウンドはルーカスフィルムが所有するスタジオで、映画「スター・ウォーズ」シリーズのなどの映画音楽が録音されたスタジオです。そんなスタジオですから当然音響も素晴らしく、今回このオーケストラが演奏できる広いスタジオにピアノ1台を置いてレコーディングが行われました。上原ひろみが30代の自分の音を記録したいと言っていた通り、39歳の時に録音されました。
“Spectrum”の収録曲
このアルバムに収録されているのは全部で9曲で、初めて上原ひろみを聴く方には少し曲数が少なく感じると思いますが、それでも総収録時間は73分ですから聴きごたえは十分あります。今回は20分を超える大作もありますので、聴くのに覚悟がいるかもしれません(笑)。
- カレイドスコープ
- ホワイトアウト
- イエロー・ワーリッツァー・ブルース
- スペクトラム
- ブラックバード
- ミスター・C.C.
- ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン
- ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー
- セピア・エフェクト
カレイドスコープ(8:07)
4月からスタートしたテレビ東京「新・美の巨人たち」のオープニングテーマ。カレイドスコープとは「万華鏡」ですが、この曲もキラキラしながら万華鏡のように次々と表情を変えていく音が魅力。上原ひろみはアルバムの最初にインパクトの強い「何これ?」と思わせる曲を持ってくる傾向がありますが、なんとも「ライブは1曲目が勝負」と言っている彼女らしいですね。
ホワイトアウト (7:34)
この曲は雪の降る日に一気に書き上げた曲だそうです。なんとも物悲しい旋律で始まるのですが、雪が降りしきる光景が目に浮かぶような旋律があり、そして途中に何とも不安になるような旋律があったりします。複雑ですがメロディーも音もとてもきれいな曲で、私はこういう曲大好きです。
イエロー・ワーリッツァー・ブルース (5:40)
良く遊びに行くお店にあるピアノが黄色のワーリッツァーで、それをイメージして書いた曲。上原ひろみにしては珍しいブルースの曲ですが、その店でバンドマンたちとセッションする曲はブルースが多いそうです。
スペクトラム (5:04)
2018年末に「NHK BS4K・BS8K」のPR映像にて演奏されていたナンバーで今回のアルバムのタイトル曲です。重めのモチーフの繰り返しから始まり、モノトーンだったものがやがて色彩を帯びてカラフルな色に変化していくイメージで、まさにスペクトラムという曲です。とてもスピード感があり、途中のリフが熱を帯び徐々に力強くなることで物凄いグルーブを生み出し、そして最高潮のところでパッと解放され色鮮やかな音が天から降り注いでくる素晴らしい曲です。
ブラックバード (5:21)
言わずと知れたビートルズのナンバーをカバー。本人もこの曲が好きで良く弾いているそうです。思い切ったアレンジも無く割と原曲に近くシンプルでありながら、ジャジーな雰囲気も忘れていない素敵な演奏です。
ミスター・C.C. (6:08)
バークリー時代にチャールズ・チャップリンの無声映画に曲をつけることをしていたそうで、とても楽しくチャップリンのコミカルな動きや哀愁を帯びた表情なども目に浮かんでくる演奏で聴いていて楽しくなる曲です。Tom and Jerry Showの系統の曲で、上原ひろみの軽快なストライドピアノが楽しめます。
ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン (6:00)
4月からスタートしたテレビ東京「新・美の巨人たち」のエンディング・テーマ。ワンス・イン・ア・ブルー・ムーンとは「奇跡」と言うような意味があるそうです。綺麗なメロディーから途中に炸裂する低音部での破壊的な旋律部分が狂気に満ちていて私は個人的にこの曲が大好きです。「奇跡は待つのではなく自分で戦いつかみ取る物」ということで、この低音部は戦っているイメージだそうです。しかしこんな曲を書くことが出来るのが凄いと思います。
ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー (22:46)
ジョージ・ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」にジョン・コルトレーンの「ブルー・トレイン」と世界的なロックバンド、ザ・フーの「ビハインド・ブルー・アイズ」を織り込んだ、22分46秒に及ぶ大作です。このラプソディ・イン・ブルーに他の曲を入れると言うのは、世界的なタップダンサーの熊谷和徳とのライブでレッドホットチリペッパーズの曲を入れたりしてやっています。上原ひろみはこのラプソディ・イン・ブルー自体中学生の頃から弾いていたそうで、当然彼女の中で曲は作り上げられていると思います。よくもまぁここまでピアノ一台でオーケストラを表現したものだと感心します。当然ライブでは25分を超える熱い演奏になるでしょうから、大盛り上がりになるのは間違いないので、ライブの本編最後の曲になるのではないでしょうか。今からライブがとても楽しみですがそんなに長く激しく演奏して体がもつのか心配です。
セピア・エフェクト (6:41)
そしてアンコールにこのセピア・エフェクト。本人も映画のエンディングロール的な位置づけと言っています。この曲を聴きながら今まで聞いてきた曲の幸福感に浸ることができる美しい曲です。ライブでこの曲を聴けば、その日の思い出が素晴らしい物になること間違いないでしょう。
“Spectrum”を聴いてみて
じっくりとこのアルバムを聴きこみましたが、いつも通りの上原ひろみで安心しました。「なんだこれ?」と思うような気持ち悪さがあったと思えば、心安らぐ甘美な旋律があったり、アドレナリンが出てくるような攻撃的な演奏があったりと、聴いているこちらを飽きさせず、常に聴く側の期待を良い意味で裏切ってくれます。
アルバムを出すたびに自身に技術的な高いハードルを課し、それを乗り越え、さらに聴く側にその難しさを感じさせず心地よい音として表現するピアニストとしての技量は言うまでもなく、これだけタイプの違う曲を完璧に作り上げることで、作・編曲家としての上原ひろみの凄さを感じさせてくれるアルバムだと思います。そして安定の9曲(笑)。上原ひろみのアルバムの多くは9曲で構成されています。1曲約8分x9曲ですね。今回も私の期待を裏切らない素晴らしいアルバムになっています。是非皆さんも「上原ひろみ」というジャンルの音楽を楽しんでください。
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