電車通勤している頃に考えていたこと、車通勤になって思う事

私が筋ジストロフィーと診断されてからもう15年以上経ちます。当時頭の中は真っ白になり、不安に押しつぶされそうになりました。自分や家族の将来を思い描くことも出来ませんでした。しかし自分の気持ちは「一生自分の足で歩きたい」と言うのが正直な気持ちでした。

電車通勤している頃に考えていたこと

その当時、会社へは電車通勤していましたが、会社からは「いつでも車通勤にしても構わない」と言ってもらい、病気のことを理解してくれたので安心した覚えがあります。ただ私の中で決めていたのは

  • 出来る限り電車通勤をする
  • 杖は使わない
  • 車通勤は最後の手段

と言う事です。

出来る限り電車通勤をする

満員電車は危険で乗れませんので、筋ジストロフィーと診断されてから、会社からは私一人だけフレックスタイムで時差通勤させてもらっていました。とにかく今ある筋肉を維持するためには運動が必要と考えていました。ですが走ったり筋トレすることが出来ませんので、毎日歩くことを自分に課していました。通勤は片道1時間半かかりましたが、その間は立ったままです。電車で座ってしまったら立つことが出来なかったので仕方なかったのですが。それでも翌朝にはふくらはぎが張っていて「無理してるのかな」と思っていたのも事実です。歩いて膝折れして転んでしまうこともありましたが、まだ何とかつかまって立つことが出来ていましたので杖も必要ありませんでした。

その当時、私は毎朝15分かけて駅まで歩いていました。そして改札を入ると5段くらいの階段があります。そこはそのままでは上れないので左端にある手すりにつかまりながら上がっていましたが、その手すりのところには常に看板などが置かれていて掴めないところもあり、その5段でさえ上るのに苦労します。そして5段上ると今度は私が利用するホームに行くために本格的に階段を上って隣のホームに行かなければなりません。ここも左端の手すりに摑まりながらゆっくりと、休みながら時間をかけて上ります。そして上の通路を渡って下りるのですが、上り切った時点で足はヘロヘロです。ここで少し休まなければなりません。ここで無理をすると階段を下りる時に膝折れしてしまいとても危険です。事実何回か膝折れしたことがあります。ですが筋肉維持のために電車通勤は必要と思っていましたし、この階段を上らないと電車にも乗れないので必死でした。筋ジストロフィーになるまでは家を出て電車に乗るまで20分みていましたが、この頃は30分以上みていました。

杖は使わない

杖を使って歩くようになるとそれまでの速度で歩くことが出来ず、筋肉の衰えの始まりと思っていました。ですから「杖も絶対に使わないんだ」という気持ちでいたのですが、自宅で尻もちをついた時に尾てい骨を強打しヒビがはいったようで歩くのも苦痛になり、このままでは電車に乗ることも出来ないので、やむを得ず杖を使うことになってしまいました。この時ばかりは杖を使うことになってしまったのでかなりがっかりしたのを覚えています。早くも一つ自分の中で決めたことが崩れてしまったのですから。

痛みを我慢しながら杖を使って通勤していましたが、痛みが軽減するのにだいぶ時間がかかりました。しかしその時すでに杖が無いと不安になってしまうくらい杖に依存するようになっていました。試しに杖を使わずに歩いてみたのですが、不安が先に立ち体に力が入ってしまいかえって危険な感じがしたのでそれから杖を使い続けていますが、会社の中では杖を使っていません。と言うのも会社の中の凸凹だったりとかはすべて頭の中に入っており、体も覚えているので杖が無くても不安感が全くないのです。

車通勤は最後の手段

車通勤だけは絶対にするまいと心に固く誓っていたのですが、その日は思いもよらず早くやって来ました。それは東日本大震災です。首都圏でも電車の本数が間引かれ通勤電車は超満員です。さらには余震が多く電車も遅れることも多く普段より混んでいました。さらには計画停電で電車が動かないとか色々ありましたが、一番の理由は駅が節電という名目でエレベーターやエスカレーターを止めてしまったことです。これが無いと私は通勤できません。駅には「駅員に言ってくれれば動かすよ」的な貼り紙がありましたが、障害者からすればそれは現実的ではありません。だいいちホームに駅員がいないのにどうやって動かしてもらうのでしょうか。

震災から1ヵ月は会社の車を借りて通勤しながら様子を見て通常に戻るのを期待していましたが、計画停電が始まると言う事になり、いつまでも中途半端な状態でいるわけにもいかず、車通勤に変更しました。これにより私のフレックスタイムは終了し、毎日9時出社するために毎朝7時前に家を出る生活になりました。

車通勤になって思う事

電車通勤の時は毎朝ふくらはぎが張っていて負担をかけ過ぎかなと思っていましたが、いざ車通勤するようになると今度は歩くことも無くなり、以前よりも筋力の低下のスピードが速くなったように思います。歩かなければと思うのですが平日ではなかなか時間がありません。帰宅してから歩くことも考えましたが、暗くて足下を確認できないので危なくて歩くことが出来ません。

そしてあれだけ強く電車通勤する、杖は使わない、車通勤はしない、と決めたのに、意外とあっさりと崩れ去りました。いくら自分が気をつけていても災害などの不可抗力で変更を余儀なくされてしまう訳ですから、どんなに固く決心しても無意味だなと思いました。実際には意味があることなのですが、あまり入れ込み過ぎると崩れた時のショックが大きいですし、ストレスも相当なものになります。そしてついついネガティブになり周囲にも迷惑をかけますし、なにより精神衛生上良くありません。そこで思ったのは、目標を決めることは大事ですから良いのですが、あとは決めたことに向かって過度な期待はせず、淡々とこなしていくのが良いのかなと言う事です。

電車通勤と車通勤での体の疲れ方の違い

電車通勤している頃は1週間と言うスパンで見ると、土日に動かなかった休み明けの月曜日が体がだるくて力が入らず危険な状態でした。特に長い休みのある時は休みの終わりの二日ほど前から計画的に散歩して体を慣らしていたほどです。しかし月曜日に歩いたことで火・水曜日には調子が出てきていました。そして疲れがたまって週末に向けてまた怠くなっていったのです。

そして車通勤の今は月曜日が一番体が軽くて調子が良く、以前のように前日に体を慣らす必要もありません。しかしそこから週末に向けてだんだんと疲労がたまるのか体が重くなっていくのです。たとえ土日に動かなくてもです。それでも筋肉が減っているので体にかかる負担は増えて疲労がたまっているようで、土日に休んで疲れが取れているから月曜日の体調が良いのだと思います。

私にとっては歩くだけではなく立ち続けることも大事なのです。立ったままの姿勢をとるにも全身の筋肉を使いますから、休みの日などは家の中で立ったままテレビを見ることもあります。しかし最近では長い時間立っていると体を支えている筋肉が悲鳴を上げ、筋肉を傷めてしまったのではないかと思うくらいの痛みを感じるようになりました。今思うのは、少々筋肉が張る位動いている方が一見筋肉に負担をかけているように感じますが、実際には筋肉を使う事で筋肉を維持できるようです。

とりあえず60歳でも自力歩行を目標に

最初に筋ジストロフィーと大学病院で診断された時、「50歳で確実に車椅子」と言われましたが幸いにもまだ車椅子を使用していません。自分の中での次の目標は「60歳でも自力歩行」を掲げていますので、まだまだ頑張らなければいけません。最近の筋肉の衰えを考えると目標を達成することにちょっと不安を感じたりもするのですが、人間はまず気持ちが大事ですから自分を励ましながら目標に向けて頑張りたいと思います。そしてこの目標を達成したら、また次の目標を掲げたいと思います。

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