昨年9月にリリースされた世界で活躍するピアニスト、上原ひろみの最新作”LIVE LN MONTREAL”。これが非常に素晴らしかったのでご紹介します。
モントリオール・ジャズ・フェスティバル
今回のアルバムはコロンビアのアルパ(ハープ)奏者Edmar Castaneda(エドマール・カスタネーダ)とのデュオで、2017年6月にカナダのモントリオールで開催されたモントリオール・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音になります。
上原ひろみの2017年
それまで6年に渡り “Hiromi The Trio Project“として活動してきた上原ひろみ。メンバーのアンソニー・ジャクソンが病気療養中のため、2017年はデュオとして活動の1年でした。2017年は3人のアーティストとジャパン・ツアーをしています。本人曰く「デュオはLIVE」とのこと。今回リリースしたアルバムは全てライブ盤です。そう言えば以前出した矢野顕子とのアルバムやチック・コリアとのアルバムもライブ盤でした。やはりライブは一対一の勝負と言っており、その緊張感や高揚感、そして観客までも巻き込んだ会場の雰囲気などを伝えたいのだと思います。
矢野顕子
3月に「ラーメンな女たち-LIVE IN TOKYO-」をリリース-。このアルバムは2016年9月に録音を目的として開催された、Bunkamuraオーチャードホールでのライブ録音です。そして4月にジャパン・ツアーを開催しました。
エドマール・カスタネーダ
5月からはエドマール・カスタネーダとのワールド・ツアーです。このワールド・ツアーに合わせて、上原ひろみはオリジナル曲を4曲の組曲として書き下ろしました。お互いの個人練習からリハーサルを重ね、ライブで演奏をどんどん進化させていきます。12月のジャパン・ツアーの後、香港公演で終了という相変わらずの長丁場でした。
熊谷和徳
2016年ニューヨークでのダンスの最高峰BESSIE AWARDで、最優秀パフォーマー賞をアジア人タップダンサーとして初めて受賞した、世界で認められた日本を代表するタップダンサーです。2人は随分と前からコラボしていて、Tokyo Jazzで共演したり、2016年にはSummer Sonicでも共演しています。今回はエドマール・カスタネーダとのワールド・ツアー終了後、「音よ舞え、魂よ踊れ」と題したジャパン・ツアーを開催しました。関東地方での公演が平日だったため残念ながら私は参戦することが出来ませんでしたが、twitterではこの公演を見て感動したという声が多かったので、ちょっと残念です。是非とも今回の公演を映像化して頂きたいものです。
今回のパートナー
エドマール・カスタネーダは南米コロンビア出身で、ニューヨーク在住のアルパ(レバー・ハープ)奏者です。アルパとはハープを小さくし弦の数を多くしたもので、コロンビアやベネズエラなどではアルパのストリートミュージシャンも多く、生活に密着した民族楽器です。ちなみに皆さんがイメージするクラシック音楽で使われるのはペダル・ハープです。小さいころからアルパを弾き、16歳の時にニューヨークへ渡ります。そこでジャズと出会い、ハープ奏者として自分のスタイルを築いていったのです。
二人の出会い
2016年6月30日モントリオール・ジャズ・フェスティバルで二人は出会いました。エドマールが上原ひろみの前のステージだったので、上原ひろみがその演奏を舞台袖から見たそうです。そしてエドマールのパッションとリズムに驚き「見つけた♡」と思い、エドマールも同じように自分の後の上原のステージを見て「Wao!」と思ったそうです。そして「いつか一緒に演ろう」と連絡先を交換して別れました。
アクシデント発生
7月、世界ツアー中の上原ひろみにアクシデントが発生します。ベースのアンソニー・ジャクソンが病に倒れ離脱してしまいます。急遽、学生時代に一緒にやっていた友人のベーシストに連絡を取り、ヨーロッパに呼んで数公演を凌ぎます。その後の公演もソロに変更したりして何とか凌ぎました。理由が理由なので公演をキャンセルしても良いのでしょうが、「オファーを受けた以上、全責任は自分にある。公演を楽しみにして自分のお金と時間を使ってくれるお客さんに責任はないので、自分ができる最大限の努力をする」というのが上原ひろみのポリシーなので、キャンセルは頭になかったそうです。11月中旬から始まるジャパンツアーでのアンソニー・ジャクソンの復帰を目指し、8月の日本での野外フェス、その後のヨーロッパ・アメリカツアーのベーシストを探さなければいけません。
そしてさらに…
そんな中、試練はまだまだ続きます。今度はドラムのサイモン・フィリップスまでもが病に倒れ離脱してしまいました。トリオの2人が病気療養です。ということはソロではないですか。普通に目の前が真っ暗ですよね。しかも7月下旬にはBlue Note New Yorkでの6日間連続公演が待っています。そして夏のツアーにアンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスの二人が間に合わなくなったのです。常に「諦めたら終わり」との信念をもつ上原ひろみでも、この時ばかりはさすがにきつかったようです。
はやくも実現
Blue Noteでの公演は、基本ソロ公演になりました。1日は懇意にしているミシェル・カミロに頼みデュオ公演に。そしてエドマールに連絡を取り、2日間のデュオが実現しました。出会いからわずか1ヶ月後に共演を果たしたのです。エドマールもまさかこんなに早く共演するとは思ってもいなかったそうです。打ち合わせをし、お互いの音源と楽譜を送りそれぞれ練習をして、公演の日のサウンドチェックで初めて音を合わせたそうです。それで成立するのですから、やはりプロのミュージシャンというのは凄いですね。
ワールドツアー
そして2日間のデュオが終わった時にはかなりの手応えを感じていたようで、エドマールに「ワールドツアーに出よう」とオファーしたそうです。エドマールも二つ返事でOKしました。この後、上原は曲を書きエドマールに送ります。上原ひろみが書く曲ですから簡単な訳がありません。エドマールがDifficult”と言えば、上原ひろみが”Difficult But Not Impossible“と答えたそうです。さすが世界の上原ひろみ、音楽に関して一切の妥協がありません。かくして2017年5月からワールドツアーが始まりました。そして出会ってから一年後の6月30日、同じモントリオール・ジャズ・フェスティバルでデュオとしてステージに立ちます。その模様を収めたのがこの”LIVE IN MONTREAL”なのです。
燃え上がるステージを真空パック
「あなたの想像の、その先にある音楽。驚異のハープ奏者エドマール・カスタネーダとのデュオ! 運命の出会いを果たしたカナダのジャズ・フェスでの、燃え上がるステージを真空パック」このアルバムのキャッチコピーです。音楽は生ものですから鮮度が落ちないうちにということで、ライブから3か月弱でのリリースとなりました。
まず、「ハープってこんな音が出るの?」と、びっくりします。いわゆるハープの音は勿論ですが、ベース音もあり、ギターのような音もあり、奏でられる音に厚みがあります。とても二人で演奏しているようには思えません。
収録されている曲は
- A HARP IN NEW YORK
- FOR JACO
- MOONLIGHT SUNSHINE
- CANTINA BAND
- THE ELEMENTS-AIR
- THE ELEMENTS-EARTH
- THE ELEMENTS-WATER
- THE ELEMENTS-FIRE
- LIBERTANGO
の9曲です。
A HARP IN NEW YORK
エドマール・カスタネーダ。
静かに始まりオープニングにピッタリな曲です。曲が進み、それぞれのソロパートになっていくにつれ段々と熱くなっていく曲です。ライブで盛り上がるように上原ひろみが少しアレンジしたそうです。
FOR JACO
エドマール・カスタネーダ。
エドマールがジャコ・パストリアスを初めて聴いて感動し、ジャコのように自分もハープでグルーブしたいと思って作った曲。曲の初めに彼はハープの弦を指で擦ったりするのですが、上原ひろみも負けじとピアノの弦を指で擦ってみますが怪しい弱々しい音しか出せなくて観客が爆笑します。さらにこの曲の途中で上原は内部奏法と呼ばれる、ピアノの弦の上にメタルシェイカーを置いて金属的な歪んだ音を出した演奏をしますがとても素晴らしいです。ま、彼女の場合はYAMAHAがピアノを用意するので内部奏法したとしても誰にも文句は言われませんが。
MOONLIGHT SUNSHINE
上原ひろみ。
邦題は「月と太陽」。2011年発売の矢野顕子との最初のデュオアルバム「Get Together-LIVE IN TOKYO-」に収められている曲ですが、上原ひろみが作詞・作曲しています。この曲は東日本大震災の後、色々と思うことがあって作った曲だそうです。普段共演する人に曲のバックボーンなどは一切説明せずに相手のイメージに任せるのですが、この曲だけは予めエドマールに歌詞を訳して説明し、意味を理解して貰った上で演奏してもらったそうです。とは言いながらも「エドマールのハープで演奏したらどうなるのか聴いてみたかった」とも。
CANTINA BAND
ジョン・ウィリアムス。
ご存知スターウォーズ・エピソード4の劇中曲。上原ひろみは大のスターウォーズファンで、この曲が大好きでした。エドマールのハープに凄く会いそうだと思い、レパートリーにしたそうです。ここで展開される音楽、完璧ですね。聞いていて本当に楽しくなりますし、音の切れというかなんというか。小気味良いです。まさにJazzです。自然と体が揺れてきます。
THE ELEMENTS -AIR
書き下ろし。
このデュオのために書き下ろした4曲からなる組曲THE ELEMENTS。エドマールのハープの音色から自然の音がイメージできたので、自然をモチーフにした曲になったそうです。そしてハープは半音が出せないという制約がある中での作曲で、上原ひろみにとっても、非常にチャレンジングだったようです。
その1曲目のAIR。まさに風ですね。ピアノとハープの奏でるメロディーが風を感じさせ、木々が揺れている景色が目に浮かびます。時に優しく、時に激しく。
THE ELEMENTS-EARTH
書き下ろし。
EARTH-大地。全ての物のベースになっている大地。非常に力強さを感じます。不変というか。いや、大地も長い年月で変わるのですが、短期的には変わらないというか。雨が降ろうが雪が降ろうが嵐が来ようが干ばつが起きようが、何が起こっても大地だけは変わらない。安定しているが故の安心感的な感じです。そして二人の即興での掛け合いも聴きどころです。
THE ELEMENTS-WATER
書き下ろし。
いわゆるハープの綺麗な響きのアルペジオとコロコロしたきれいなピアノの音が幻想的な雰囲気を醸し出します。水が滴るさまだったり、夜露でぬれた葉の雫がコロコロ転がったり、川の流れのようなものであったり。生物にとって水は絶対に必要。そう、命を感じさせてくれます。とても綺麗な曲です。
THE ELEMENTS-FIRE
書き下ろし。
そして最後にFIRE。モントリオール・ジャズ・フェスティバル本編最後の曲です。メラメラと燃え上がります。。炎の凄まじさまで感じます。もちろん二人の演奏も大爆発しています。持っているものすべてを出し切るすさまじい演奏です。まさにこのアルバムのハイライトと言っても良いでしょう。もちろん観客はスタンディングオベーションです。この曲を演奏したときの映像が公式に公開されていますので、是非ともご覧ください。
LIBERTANGO
アストル・ピアソラ。
アンコールは言わずと知れたタンゴの名曲です。何といっても、最終盤にピアノソロからクライマックスへと向かう演奏の凄さ。不協和音で心がざわつきながら、二人の徐々に熱を帯びていく演奏で心を掻き立てられ、クライマックスを迎えて最後に静かに終わる様は鳥肌がたちました。この曲をアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスで演奏するのを楽しみにしていた二人ですが、ブエノスアイレスでも大喝采だったようです。
永遠のプロジェクト
ここまで我慢強く読んでくださった方々、本当にありがとうございます。前置きが非常に長くなってしまったのですが、どうしても出会いから共演、ツアーとなっていった過程を知って頂きたかったのです。度重なるピンチが無ければ、きっとまだ実現していなかったデュオだと思います。そう考えるとこうなる運命だったのかもしれません。しかし、ピアノとハープだけで作り出す世界観が私には全く予想できなかったので、聴いた時の衝撃は半端なかったです。そして上原ひろみがこのデュオのために書き下ろした組曲”THE ELEMENTS”。ハープはその楽器の特性上、半音が無く全音階しか出せないので、Jazzは難しいそうです。名曲でも演奏できない曲が多いのだとか。にもかかわらずそんなことを微塵も感じさせない曲を書けるコンポーザーとしての上原ひろみの凄さを感じます。世間では彼女の演奏ばかりが取り上げられますが、もちろん演奏技術も凄いのですが、留学していたバークリー音楽院ではピアノ科ではなく作曲・編曲科で学び、首席で卒業しているのです。演奏というハードと作曲というソフトの両方を持ち合わせているのです。そしてジャケット写真を見ても、二人は1歳違い(エドマールが1歳上)ですのでまるで兄妹のようですが、実はモントリオールで上原ひろみという変態がエドマール・カスタネーダという変態と出会ってしまい物凄い化学反応を起こしてしまったというアルバムなのです。ここでの変態とはミュージシャンに対する最高級の誉め言葉ですのでお間違いなく。上原ひろみ自身がこの先ずっと続けていきたいプロジェクトと言っていました。お互い別々に活動しながら機会があればデュオとして活動し、歳をとっても今と同じようにできると感じているそうです。まさに永遠のプロジェクトとしていつまでも続けてほしいと思います。
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